
入ったとたん逃げ出したくなるような、居心地の悪い店というのがよくある。いったい、なぜだろうか?と考えてみれば、その多くは店員の存在がうっとうしいという点で見事に共通している。そのうっとうしさとは、ベッタリつきまとわれたり、強引に商品をすすめられたり、という類のものにとどまらない。たとえば店員が無表情でシーツとたたずんでいる、店の人口にどんと陣取っている、これも威圧感でうっとうしいもの。それじゃ、店員はどうしたらいいんだ、となるが、お客が入りやすいスペースづくりは実は簡単なこと。うっとうしくないようにすればいい。これは、ファッション販売の業界でよく実践されているという、お客を引きつけるための接客術。またの名はマグネット接客。普通、お客の入店と同時に、「いらっしゃいませ」というのは、接客の基本常識かと思いきや、マグネット接客においては、これがちょっと違う。なんと、お客の来店と同時に「いらっしゃいませ!」と声をかけることは逆にタブーなのだとか。少し間をおき、軽くスマイルを浮かべながらスーッと一、二歩後退。ちょっと下がる。ここがポイント。言葉ではなく、心の中で(いらっしゃいませ)といって後退するほうが、もみ手でズズーッと接近するよりお客はずっと入りやすくなるという。後退によって、店員とお客は磁石のN極とS極のごとく引き合うということである。声に出しての「いらっしゃいませ」は、そのあと。そのまま会話につなげず、お客の様子をさりげなく観察しながら、アプローチのタイミングを見計らうことも大事。たしかに、待ってましたとばかり接近してくる店員からは逃げたくなるが、そうでないと入ってみようと思う。店員の視線がうっとうしいほどお客の足は店から遠のき、そうでないほど近づく。その心理作用を裏読みしたのがマグネット接客というわけ。せっかく引き入れたお客を逃がさないための、アプローチのタイミングには、いくつかポイントがある。
・お客が店内を一巡し、気に入った商品の前に再度立ち止まった
・何かキョロキョロ捜している様子
・タグを見て値段をチェックしている
・自然に目が合った
などのとき。これぞ、店員の助言が欲しくなってきた、のサイン。このときこそはじめて、店員は堂々とお客に接近。焦って近づいて煙たがられるよりは、このほうが店員の印象は数倍もよくなり、それと正比例するように商品は売れるとか。お客の心理を熟知した店では、こうした接客術がよく使われているという。お客側は、そうとも知らず、店員がうっとうしくなくて幸いとばかり、いい気になって予定以上にモノを買ってしまったりする。控えめで親切で、うっとうしくない店員さん。実はその人の隠しもつ強力なマグネットで、あなたは操られていたのだ。