
ロシアには、こんな小咄がある。ある神父が食べるものがなく、何日も何も口にせず、フラフラになって街を歩いていた。ついに力つきて、壁によりかかって目をつぶっていた。数分後、目をあけてみると、その神父のうしろに行列ができていたという。これは極端な「お話」としても、ソ連時代から慢性的なモノ不足に悩むロシアでは、行列があればまず並んでみる、というのが市民生活の基本原則だという。それに比べれば、日本はのどかなものだ。雑誌やテレビでおいしいと紹介された店とか、帰省ラッシュの空港でキャンセル待ちの行列とか、給料日の銀行のキャッシュコーナーの行列とか、ロシア人からみれば、ぜいたくな理由の行列ばかり。だから基本的には、行列しなくてもモノが買える日本の社会では、行列しているということは、「そうまでしてでも欲しい」モノを売っていることを意味する。つまり、行列は最大の宣伝効果とも言えるのだ。そこで、新しい店の開店のときには、アルバイトを雇ってまで、行列ができることを演出する店もある。かつて西麻布にあるアイスクリーム屋さんでは、深夜にもかかわらず大勢の若い女の子たちが行列を作っていた。何事かとマスコミが殺到して話題になったことを覚えている人もいるだろう。実はこれもある企画プロデューサーの演出で、まんまと作戦は図にあたり、そのアイスクリーム屋さんの名は全国区になってしまった。女の子のアルバイト代を考えても、広告を打つよりはるかに安上がりだったに違いない。なんとも単純な手だが、これにだまされてしまう客も多いのだという。こうして、なんとなく、あの店は行列している、という印象を与えるのに成功すれば、そのうちに本当の行列ができるようになるし、行列がなければないで、「お、今日はすいているな」とラッキーに思って入って来る客もいるとか。ま、最後はその店に本当の実力がなければ、長続きはしないけど、とりあえずもっとも効果的に多くの人をだますには、こうした″さくら″による行列の力はなかなかのものだということだろう。